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青森県の県民性    (編集中)

  
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 北京,マドリード,ニューヨークと ほぼ同じ北緯40度付近にある!

◆近世国名・藩名:津軽(つがる),南部(なんぶ)  

  青森県は、北緯40度12分から41度33分、東経139度30分から141度41分の間の本州最北にあり、ニューヨーク、北京、ローマ、マドリードとほぼ同緯度に位置する。青森県は、10の市と22の町、8の村の計40市町村からなっている。青森県の人口は、平成17年10月1日現在で、1,436,657人(国勢調査確定値)、全国第28位である。また、青森県の面積は、平成18年10月1日現在で9,607.05km2、全国第8位である。
 北海道と青森は,「しょっぱい川」と呼ばれる津軽海峡を挟んで,さかのぼると縄文時代からつながりが深い地域であった。明治維新ごろまで,青森県の東部には蝦夷村という旧アイヌと関係深い村落があった。1613(慶長18)年に,近幾の切丈丹宗徒71名が十三潟付近に流されてきたという記録も残る。

 「青森」という地名は、江戸時代前期の寛永元年(1624)、弘前藩が現在の青森市に港町の建設を始めたときに名付けたられたものである。当時、現在の青森市本町付近に青い森があり、港に入る船の目印になっていたと言われている。

  2010年の国勢調査速報では青森県の人口は137万3000人で、前回の調査(05年) からの五年間で6万3000人減っている。その前の5年間の3万9000人減と比べ、減少人数が1.6倍に増えている。人口減少が加速しているのは、もちろん青森県だけではない。秋田県も岩手県も同様。秋田はこの5年で約6万人減って108万6000人に、岩手は5万5000人減って133万1000人となった。つまりこの5年で、北東北だけでざっと17万8000人の市場が消滅したということである。
 だが,人口が減るほどには市場は縮んでいなかった。理由は核家族、単身世帯などの増加で、世帯数が逆に増えため。事実、05年比で6万3000人が減った青森県でもこの間、世帯数は2532世帯増えている。
 総務省の予測では人口減少が20年からさらに加速し、現在約1億2800万人の総人口は35年に16%減の1億1000万人に、50年には9500万人に減少。中で北東北は35年に現在の25%程度減少すると見られている。


   県民性


 いまの青森県は,江戸時代は野辺地あたりを境界にして東は南部,西は津軽と二つの藩から成り立っていた。こうした経緯から,津軽衆と南部衆の対立があった。津軽弁と南部の言葉が違うなどその影響は残り,東部と西部では気質が異なる。津軽人は周囲の状況に対応するが,南部人は周囲を気にしない。また,南部の人は北国の自然に耐えた粘り強さを持つ。
 なお,青森県出身の力士は多く,現在も高見盛など多くの現役力士が活躍している。 「津軽のじょっぱり」,「秋田のえふりこき」とのたとえが示すように,秋田県人はハングリー精神に欠け,享楽的,浪費家が多い。対して,青森県人は寡黙で,辛抱強く,ねばり強さを持つ。これは反面,意地っ張りとも受け取られる。

 また,青森県は独特のユーモアの文化的伝統がみられる。太宰治の小説には落語のようなものが少なくないし,棟方志功の版画には漫画に似たおもむきがある。石坂洋次郎は出世作,『若い人』にはじまり,『青い山脈』など,ユーモア満載の青春小説を書きつづけた。

 「物は乏しいが,空は青く雪は白く,林檎は赤く,女達は美しい国,それが津軽だ。私の日はそこで過ごされ,私の夢はそこで育まれた」−−石坂洋次郎−−常磐坂・りんご公園の文学碑

 強情っ張りで頑固で一途,  忍耐力抜群

   青森県弘前でリンゴの無農薬栽培をしている木村秋則さんのHP



  

県庁所在地:青森市http://www.city.aomori.aomori.jp/  

 

区分 世帯数 人口 備考
総数
平成17年 118,451 311,508 145,965 165,543 第18回国勢調査

 青森市は,県の中央部に位置する。新青森駅開業は,交流人口を増加させ,産業・経済に刺激を与えるなど,多方面にわたり大きな波及効果をもたらす可能性がある。市では,「新幹線開業はゴールではなく,開業こそがスタート」を合言葉に,関係機関との連携を強め,新幹線効果を大きく引き出したいとしている。
 青森市は,市の総面積(82,457ha)の約80%が水田などの農地,森林で占められている。特に,森林は57,594haと,総面積の約70%を占め,木材生産はもとより,山地災害防止・水源かん養・生活環境保全などの公益的役割を果たしている。また,農地では,およそ4,000戸の農家が稲作を中心として,野菜・花・果樹・畜産物の生産に取り組んでいる。
 青森市の工業は,農林水産業を背景として地場資源を活用した軽工業が大半を占め,水産加工や味噌・醤油を中心とした食料品製造業で製造品出荷額等の4割以上を占めており,精密機械製造業を除く,一般機械・情報通信機械器具製造業などの高付加価値型産業は低迷している。
 本市には,多くの産品が県内各地から集まってきている。,それらを利用した加工品や「貝焼きみそ」など郷土料理に加え,B級グルメの「生姜味噌おでん」や最近話題の「味噌カレー牛乳ラーメン」などユニークで多様な「食」を楽しむことができる。

青森市の気温
平均気温 11.1℃,最高 34.6℃,最低 -6.0℃
青森市の降水量
年間降水量 1,293.0mm
青森市の降雪量
年間降雪量 335cm,最深積雪 58cm

青森県の大学

 ・弘前大学 : (弘前市文京町
 ・青森県立保健大学:(青森市大字浜館)
 ・青森公立大学:(青森市大字合子沢)
 

  



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   地域特性


 青森県は,江戸時代には野辺地あたりを境界にして東は南部、西は津軽と二つの藩から成り立ってた。津軽弁と南部の言葉が違うなど今日でもその影響は色濃く残っている。


●地勢・気候

 青森県は、三方を海に囲まれ、県の中央部に位置する奥羽山脈が県内を二分しているなど、海域や地形が複雑なことから、同じ県内でも、地域によって気候が大きく異なる。
 中でも、冬季における津軽地方の大雪と、夏季における太平洋側を中心とした偏東風(ヤマセ)が代表的な違いとなっている。
 冬は、冷たく湿った空気が奥羽山脈にぶつかり津軽地方に雪を降らせる一方、太平洋側は、奥羽山脈が障壁となって乾燥した晴天の日が多い。
 ●地域区分

 ・青森市・東津軽郡:青森市,平内町 ,外ヶ浜町 ,今別町,蓬田村
 ・弘前市・黒石市・中津軽郡・南津軽郡:黒石市 ,平川市 ,藤崎町 ,大鰐町 ,田舎館村 ,西目屋村
 ・五所川原市・つがる市・西津軽郡・北津軽郡 :つがる市,板柳町 ,鶴田町 ,鰺ヶ沢町 ,深浦町 ,中泊町
 ・十和田市・三沢市・上北郡:東北町 ,六戸町 ,おいらせ町 ,野辺地町 ,六ヶ所村 ,横浜町
 ・むつ市・下北郡:むつ市 ,大間町 ,風間浦村 ,佐井村 ,東通村
 ・八戸市・三戸郡:五戸町,南部町 ,階上町 ,三戸町 ,田子町 ,新郷村


 *mapの出典:青森県ホームページ http://www.pref.aomori.lg.jp/kensei/shichoson/shichoson.html

   青森 ナウ

1人当たり所得 六ヶ所村が7年連続1位

 
 青森県調査の2012年度の市町村民経済計算によると,1人当たりの所得は,日本原燃の使用済み核燃料再処理工場が立地する六ケ所村が1367万円(前年度比134万円増)で、7年連続トップだった。
 2位は津軽ダム建設中の西目屋村で635万円(273万円増)。3位は,16年3月開業予定の北海道新幹線「奥津軽いまべつ」駅の新設工事が進む今別町で347万円(63万円増)。

 市町村内総生産の最大は青森市で9953億円(1.2%増)。八戸市の8747億円(3.7%増),弘前市の5665億円(0.3%減)と続いた。

◆1人当たりの所得
 1人当たりの所得は、企業所得や雇用者報酬を合計して人口で割った値。個人の所得水準とは異なる。
 

●青森の方言

 『ハンカクサイ』 ⇒バカ
 『わ  』⇒ わたし
 『キミ』 ⇒ とうもろこし
 『うだで』⇒ いやな
 ねぷた』⇒ 弘前地域での「ねぶた」の方言


●津軽の小京都−弘前

弘前市(津軽の小京都):約400年の歴史を持つ,津軽10万石の城下町。町の中心部に武家屋敷,商家,津軽ふるさと館,藤田記念庭園がある。

  弘前城(青森県):弘前城は日本の名城として名高く,その周囲に広がる弘前公園では春になると約2,600本の桜が満開に。今では「日本さくら名所100選」に数えられるほどの桜の名所である。日本一太い幹を誇るソメイヨシノや,日本最古のソメイヨシノ,樹齢300年近くにもなるカスミザクラなどの銘木が咲き,目を楽しませる。

 横手盆地北部にある角館は「みちのくの小京都」と呼ばれる。約380年前,雄物川支流の玉川と檜木内川の合流点に城下町がつくられ,城下町として栄えた。城下町建設時の町割りの形態をほぼ完全に伝え,年間約240万人の観光客が訪れる。角館の旧城下町は京都のように南北に長く,東西に短い。シダレザクラ(枝垂桜)やモミなどの巨木が茂る桧木内川ぞいの2キロに及ぶ桜並木は圧巻である。
 

●ランキング−−ベスト&ワースト

 

青森県は日本一の品目が多い日本の食糧供給基地である。
 生産量日本一品目:りんご・ながいも・にんにく・ごぼう 
 青森県の農業は,津軽地方で米やりんご,県南地方では野菜や畜産を中心に展開されている。
  三方を海に囲まれ,内湾である陸奥湾を有するといった地域特性から,ホタテガイの養殖,サケ・ヒラメ・アワビを放流し育てる漁業,ヒラメ・カレイなどの漁獲を管理するといった,資源管理型漁業に取り組んでいる。
 青森市の「ほたて貝」の養殖は,市の沿岸漁業水産量及び水揚げ金額の約9割を占めている。総務省家計調査によると,購入数量では,「ほたて貝」の01〜03(平成13〜15)年の年平均の購入数量は6,602gと,全国平均(1,086g)の6.1倍である。

 青森県の葉タバコの作付け面積は1481haで全国第5位。1位は宮崎県で2170ha,以下熊本,岩手,鹿児島,青森の順。




   霊場 「恐山」     下北半島 恐山    

●●恐山(おそれざん) 青森県 下北半島 恐山 大間町 むつ市


 滋賀県の比叡山,和歌山県の高野山とともに日本三大霊山の一つに数えられる恐山。立ちこめる硫黄臭と、荒涼とした風景は その名に恥じない。

 862年、慈覚大師円仁《*延暦13年(794年)-貞観6年(864年)》は,「東へ向かうこと三十余日、霊山あり その地に仏道をひろめよ」との夢のお告げに従い諸国を行脚。そして辿り着いたのが、この地 恐山であると言われている。

*最後の遣唐僧として唐にわたり, 日本の天台宗を大成させた。日光山、川越市の喜多院、福島県の霊山寺、松島の瑞巌寺、山形市の立石寺、平泉の中尊寺、毛越寺、秋田県象潟町の蚶満寺、恐山の円通寺など、慈覚大師が開祖(または中興)とされる寺は数多い。



   東通村 伝統の「門打ち」    

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 伝統の神楽が受け継がれている東通村(とうつうむら)では、正月元旦,勇壮な獅子舞が家々を回って家内安全を祈る「門打ち」が正月恒例となっています。東通村の目名地区では、300年以上の歴史を持つとされる神楽が受け継がれていて、毎年元日には家々を回って獅子舞を披露する「門打ち」が行われています。
 着物姿にげたを履いた神楽保存会のメンバーが太鼓や笛のおはやしとともに地区の家々を巡ります。家を訪ねた獅子は、戸口の前で剣を抜いて勇壮な舞を披露し、ことし1年の家内安全を祈りました。舞が終わるとお神酒がふるまわれます。


   2012年3月31日    ラストラン− 十和田観光電鉄十鉄線

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「3月31日 ラストラン− 十和田観光電鉄十鉄線」

 
 2012年3月31日,青森県 十和田観光電鉄十鉄線,長野県 長野電鉄屋代線と二つの電車路線が廃線となった。といずれも大正末期に開通,長く地域を支えてきた。また,いずれも東横線で使われていた車両というのもなにかの因縁であろうか。
◇青森県 十和田観光電鉄十鉄線
 十和田観光電鉄(十和田市)は31日、十和田市−三沢市間14.77キロでの鉄道営業運行を終え、89年の歴史に幕を下ろした。長年「十鉄(とうてつ)」の愛称で親しまれた十鉄線。
 十鉄線は1922(大正11)年9月4日に開業し、ピーク時の70年には乗客が年間165万人に達した。その後は人口減やマイカー普及に伴い右肩下がりを続け、東北新幹線七戸十和田駅が開業した2010年度は46万人に減少。新たな施設整備も見込まれる中で、これ以上の鉄路存続は困難として、開業90年を前に廃止を決めた。
 同社は1日から、同区間で代替バスを運行する。


出典:東奥NETテレビニュース画面より
十和田湖へのアクセスを担う交通機関として大正時代から活躍してきた十和田観光電鉄。開業80周年を迎えなお地域の足として走り続けるこの電鉄の鉄道部門を中心に、開業から釣掛電車が一線を退いた2002年までを追う。


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●四季折々に変わりゆく自然が魅力的

 本州最北端に位置する青森県は、三方が海に面し、豊かな自然と縄文のいにしえから続く歴史が融合する魅力あふれた地。日本三大火祭りの一つ青森ねぶたをはじめ、匠の技ともいうべき伝統工芸も多くある。食材も豊富で、海産物,さらには、「せんべい汁」「いちご煮」などの滋味あふれる郷土料理も楽しめる。


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