マニュアルづくりの絶好の手本−日航機墜落事故の「解説書」


 国土交通省の運輸安全委員会は7月29日,1985(昭和60)年に520人が死亡した日航ジャンボ機墜落事故の事故調査報告書を平易に説明し直した 「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書」 lを作成,ホームページで公開しました。これは遺族からの要望に応えたもので,いったん発表された報告書を遺族のために書き直したのは初めてのことです。
 今回公表された遺族向けの「解説書」は,読みやすく分かりやすいマニュアルという観点から,優れた事例であり,マニュアルづくりのお手本ともなります。

 事故の2年後に航空事故調査委員会(現・運輸安全委)がまとめた報告書は,遺族にとって専門的でわかりにくいものでありました。今回,運輸安全委員会は,遺族の要望に応えた内容表現で解説書をまとめ,これまでの対応を謝罪しています。


◆新たな報告書が作成された背景

 今回,新たな報告書が作成された背景には,運輸事故や消費者事故の調査で,これまで置き去りにされてきた「被害者の視点」を取り入れようという動きがありました。ノンフィクション作家の柳田邦夫氏は,「今回の解説書は開かれた事故調査への扉を大きく開き,報告書を分かりやすくする仕組みのモデルになる」(http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123-kikou.pdf)と評価しています。

◇柳田邦男さんの所感−−「開かれた調査への第一歩」 
 遺族の歩みを見つめてきた中で見えてきたのは,亡き人に対して「あの事故の原因がはっきりしたよ。安全対策もしっかりと取られるようになったよ」と遺族が納得感をもって報告できないという事実だった。
 当時の事故調査は専門家に理解され,それに対応する対策を立てればよいという視野の狭いものだった。JR福知山線脱線事故が大きな転機となり,その後発足した運輸安全委員会が,被害者の疑問や意見に対応するようになった。
 今回の解説書は,開かれた事故調査への扉を大きく開いた。遺族が26年間も真実を求め続け,運輸省が真勢に向き合ったことに敬意を表したい。



        ★::::::::::::::::********************:::::::★

>>「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説

                  

−国交省HPの前文−−
 航空事故調査委員会(当時)が昭和62年6月に公表した日本航空株式会社123便の御巣鷹山墜落事故(昭和60年8月12日発生)に関する航空事故調査報告書について,ご遺族の皆さまの疑問点にできるだけ分かりやすく説明するため,本事故の遺族の会である「8・12連絡会」にご協力をいただき,当該報告書の解説書を作成いたしました。
 また,本解説書の公表にあたり,ノンフィクション作家の柳田邦男氏から,「この解説書の大きな意義 〜納得感のある開かれた事故調査への一歩〜」と題する寄稿がありましたので,あわせてお知らせいたします。

「わかりやすく・読みやすくへの工夫」

 1 解説書の構成

◆「目次」

 ・用語の解説  
 1. 報告書における事故原因の説明
 2. 最近の急減圧の事例  
 3. 急減圧に要する時間の説明
 4. 風の強さについての説明
 5. 温度の説明
 6. 低酸素症とパイロットが酸素マスクを着けなかった理由
 7. 客室高度警報音の説明
 8. その他の要因が関与した可能性について
 9. 捜索救難
10. 海底残骸の調査について
11. その他
別添1 時系列表
別添2 有効意識時間に関する資料
別添3 ICAO のマニュアル抜粋

 今回公表された遺族向けの「解説書」は,読みやすく分かりやすいドキュメント(マニュアル)という観点からも,優れた事例であり,マニュアルづくりの絶好のお手本となります。 
 解説書では,過去の航空機事故を例にとって,圧力隔壁の破損が事故原因と推定される根拠などをわかりやすく解説している。また,遺族から寄せられた個々の疑問についても,改めて個別に回答しています。

2  分かりやすさ・読みやすさの工夫

分かりやすさ・読みやすさの工夫−1:図表を使っての説明 

   解説書では,隔壁破壊について図や表を多く使い,事故原因と推定される根拠などをわかりやすく解説しています。
○事例 「 風の強さについての説明」
 空気の前に,水の場合で考えてみましょう。深さがどこも同じという川の場合,幅10m の場所では幅20m の場所の2 倍の速さで川の水は流れます。(流体力学の連続の法則)


◆分かりやすさ・読みやすさの工夫−2:例を挙げて,分かりやすく説明

 プールの水を抜いても排水口から離れていれば水の流れは弱いことを例に挙げ,隔壁が壊れても巨大なジャンボ機の機体で急減圧による猛烈な風が吹くわけではないことなどを分かりやすく説明しています。 

▼事例−−−− 最近の急減圧の事例
 客室内の風や温度の説明の前に,最近の急減圧の事例(米国NTSB/ ID:DCA09FA065)を紹介します。同機には,非番の同社の機長2 名が客室に搭乗しており,18 列目付近の座席に座っていた彼らの証言は次のようなものでした。
 
 私は,突然脱出用スライダーが膨らむときのような大きな破裂音を聞き,大きな風切り音がこれに続いた。私は,すぐに急減圧を知覚したが,耳の苦痛がほとんどないのに驚いた。後で他の乗務員に聞いても,それはとても小さい痛みだったと言った。
 ハリウッド映画と違い,何も飛ばされず,誰も穴に吸い込まれることはなかった。座席に置かれた書類もそのままだった。客室がやや冷え,薄い霧を見たが5秒ほどで消滅した。

この証言から,実際に急減圧が発生した際の機内の状況は,乗務員を含めて一般的な理解とは大きく異なるのではないでしょうか。これをまとめてみると,次の表のようになります。・・・・・・・・(以下略)

分かりやすさ・読みやすさの工夫−3:専門用語を解説


 解説書の冒頭で「用語の解説」編を設け,専門用語を平易に説明・定義を提示したうえで,解説本文を掲載しています。
 
▼用語の解説例

APU(Auxiliary Power Unit):補助動力装置。主エンジンを駆動していないときに発電機等を駆動するための小型のエンジンで,機体の最後尾に装備してある。
CVR(Cockpit Voice Recorder):操縦室用音声記録装置。操縦室(コックピット)内の乗員の会話・管制との交信・計器盤の警報音等を録音するための装置のことで,航空事故等が発生した場合の事故原因を解明するために搭載されている。これには,4チャンネルあり,@機長,A副操縦士,B航空機関士,C操縦室内に設置されたマイクロフォンで収録した,操作音・警報音・会話・異常音等の音をそれぞれ録音できるようになっている。

◆わかりやすさ・読みやすさの工夫−4:用語を統一し,曖昧表現を避ける 

 報告書の26ページで,用語の使い方,表記方法に関しての統一基準を明記しています。これにより,用言の統一が図られ,どのようにも解釈できるといった曖昧さが排除されています。

▼用語・表記の統一:報告書の26ページ

 報告書の中では原因不明としているところがありますが,不確かなことは書かないというICAO(国際民間航空機関)の考え方に沿って作られています)。また,現在の運輸安全委員会の事故等調査報告書の冒頭に記載しているとおり,報告書においては,
@ 断定できる場合・・・・・・・・・・・・・「認められる」
A 断定できないが,ほぼ間違いない場合・・・「推定される」
B 可能性が高い場合・・・・・・・・・・・・「考えられる」
C 可能性がある場合・・・・・・・・・・・・「可能性が考えられる」
・・・・・・・・・・・・「可能性があると考えられる」
を使用することとしております。本事故の場合の原因については,「推定される」を使用しているため,断定できないが,ほぼ間違いない場合にあたります。


◆わかりやすさ・読みやすさの工夫−5:です。ます調文体 

 今回の解説書では,全文が「です。ます調」で書かれています。文書への信頼感や親近感を決める要素の1つに,文体があります。「である調」は,事実を正確,簡潔に歯切れ良く表現するのに適した文体です。ただし,読者に高圧的,威圧的で押しつけがましいといった不快な印象を与えかねません。
 対して,「です,ます調」は,冗長で間延びした印象がある反面,読み手が親近感を持つ表現であることから,読み手の動機づけ,共感を得るのに適しています。
 こうした文体の特性から,解説,説明部分は,語りかけるような「です・ます調」とします。そして,操作手順,指示事項は「である調」で簡潔に言い切るといった工夫が,読者の一層の共感,理解を促します。

◆わかりやすさ・読みやすさの工夫−6:「QandA」を設け,個々の疑問に回答

  遺族から寄せられた個々の疑問についても,ページを割いて改めて個別に回答している。


            「back  |    「HOMU